「いきて」「ゆく」を考える (2018年4月・6月・9月)

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「いきて」「ゆく」を考える (@春の豊田 @夏と秋の恵那)のご案内
 
守人:橋本久仁彦さん
 
【日程】いずれも金曜日13時~日曜日16
 
春:4月6日~8日(通い・宿泊どちらも可)@愛知県豊田市 ⇒ 終了
夏:6月29日~7月1日 (23日)@岐阜県恵那市 ⇒ キャンセル待ち
秋:9月7日~9日 (23日)@岐阜県恵那市 ⇒ キャンセル待ち
 
【会場】<春>愛知県豊田市宮上町の個人のお宅の「離れ」 ※住所詳細はお申込後に。
<夏・秋>恵み自然農園(岐阜県恵那市中野方)※これまでの岩村町での開催から変更になります!
 
【定員】10名程度
 
【内容】「いきて」「ゆく」ことを「考える」時間。
 
「円 坐」…「円坐とは、円坐守人の呼び掛けの言葉に呼応して、 定められた場所と刻限に寄り合った坐衆(参加者)が、 ただ円に坐り、成り行き(道往き)を共にすることです。…」
「未二観」 …「任意の場所で15分間の傾聴空間を建築します。 その様子を録音し、逐語記録を作ります。もし、 ただありのままに話し手の言葉を聞くことができれば、その15分 間は類まれな美しさを湛えた作品となります。…」
「きくみるはなす縁坐影舞」…「影舞は、 誰にでもすぐできる舞いの形です。特に、 詩や歌曲などと共に舞うと、詩や歌詞の言葉の「形」 がくっきりと際立ち、 聞き慣れて当たり前に知っていた曲がこの曲ってこんな歌だったの か、と時には涙になるような感動をもたらすことがあります。…」 以上は橋本さんのサイトより。続きはサイトで!http:// enzabutai.com/
+お料理することたべること+お散歩?+手紙を書く、など。
 
【費 用】36,000/回(三日間) 布団持参の方1000円引き キャンセル料:7日前から参加費の30%前日50%当日100
 
【宿 泊】○春の講坐… 基本通いですが会場主さんのご厚意で会場に泊まれます(会場と、 母屋の一部屋とで、男女別、相部屋)。
有志で一泊500円程度のお礼を集められたらと。 布団ご持参歓迎です(千円引き)。付近にホテルもあります。
      ○夏の講坐・秋の講坐…宿泊費込みです。
 
【申込・問合】 恵み自然農園・長江までメール下さい。megumi_ natural@yahoo.co.jp (090-9198-2383
 
タイトル:「いきて」「ゆく」を考える申し込み  本文 1.ご希望の日程 2.お名前と振り仮名・性別 3.郵便番号・住所 4.連絡に用いるメールアドレス 5.携帯番号 6.交通手段(車または電車) 7.食べられないもの 8.車の方はふとん持ち込み可能か(電車の方・ 春の講座の通いの方はご回答不要です) 9.会場泊希望の有無(春の講座のみ) 10.参加申し込みにあたってお一言
 
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「考える」よりも「感じる」だ!(”Don’t Think!  Feelってセリフがあったっけ)
なんて思っていたこともあったけれど、
以前、守り人橋本さんが教えてくださいました。
日本語の「考える」とは、カ・ムカエル、迎えること、 身を交わすこと。
 
もう少し知りたくて検索したら、 こんな文章に行きあたりましたよ(新潮社のサイト)
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 現代でも「かぼそい」とか「そしらぬ」とかと言う、その「か」 や「そ」が発語であり、これに倣って「かむかふ」の「か」 も発語と見なせば、「かむかふ」の原形は「むかふ」 であったと想定できる。向かい合う、対面する、 あるいは向かい合せる、対面させる、の意である。
 その「むかふ」は、 さらに原初へ遡り得ると小林秀雄は言うのである。「む」は「み」 すなわち「身」の古い形である。「かふ」を「交ふ」と解せば、「 むかふ」は「身交ふ」となる。単に向かい合うだけではない、 全身で交わる、交流するのである。つまり、「考える」の本義は、 現代の「考える」のようにすでに持合せている知識を取り出し、 それらを組合せて当座をしのぐことではなかった、 今はまだ見えていないものを見、 感じられていないものを感じるために、 相手と全身でつきあうことだったのである。
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「随筆 小林秀雄 十五 考えるという言葉」 池田雅延http://kangaeruhito.jp/ articles/-/2033
 
これは本居宣長の文章を引いた小林秀雄の文章を、
さらにわかりやすく書いたもの、なのですが、
昨年の「『いきて』『ゆく』」を考える」は、 まさにそんな時間でした。
「今はまだ見えていないものを見、 感じられていないものを感じるために、
相手と全身でつきあうこと」。
 
私自身「見えていないものを見、感じられていないものを感じ」 た瞬間がありました。
でもまだ私は「相手と全身でつきあうこと」が、出来ていない。
ただ、他の方々がそれをしているのを目撃した、と思います。 心が震え、勝手に涙がでていました。
 
守り人橋本久仁彦さんは特別なメソッドや学ではなく、
「聴く」という一点において場を開き、守る。
だから、そこに居る人は「身一つ」でいればいい。
そのことに私は安心と、果てしないドキドキを感じます。
よろしければぜひ、ご一緒下さい。(吉橋)